サックスは「擦れ(こすれ)」ます。使い古されたサックスは、あっちこっちが擦れて「禿げて」います。悲しい楽器です。
親戚筋にあたるクラリネットも、擦れるキー構造を持っています。サックスでは指の先端が触るキーの部分に、貝殻、もしくはプラスチックの「指貝(ゆびかい)」という丸い素材が埋められていますが、クラリネットではこれがありません。指の腹でトーンホールを塞ぐキーが多いのがその理由ですが、パームキーに当たる指の腹や手のひらで押さえるキーは、 サックス同様むき出しの金属です。なのに、「はげはげ」のクラリネットはあまり見かけません。どうしてでしょうか。クラリネットのキーには、ほとんどの場合銀メッキがかけられているので、ラッカー塗装が多いサックスよりは、「擦れ」に強い事は事実です。しかしそれ以上の「禿げの差」の理由があります。クラリネットはキーが小さく、ストロークも少ないのです。これによってクラリネットのキーは、サックスに比べて触る手の圧力も小さければ、擦る力も、擦る範囲も小さいのです。クラリネットのキー操作は、「ちょっと触るだけ」 なのです。それに比べてサックスのパームキーは力強く押しますし、擦ります。フレーズによっては、パームキーを一所懸命擦り上げている場合も少なくありません。だから「禿げる」 のです。これを防ぐためには、パームキーの擦れ易い部分に、クリアのマニキュアを塗るサックス奏者もいるようです。もちろん「禿げる前」です。自分の運指をひとつずつ確かめてください。左手の「レ」のパームキーとか、力いっぱい擦っていませんか?そうなんですよ、 サックスのキーって普通の運指で、とっても擦れる構造なんです。禿げないように上品に操作しようとしても… 無駄だと思います。
サックスには擦れて禿げるところがまだあります。それは二番管(本体)の左側です。この場所はサックスの構造上キーの空白地帯になっており、多分設計者のアドルフサックスも、 このあたりを「奏者とサックスの接触場所」として設定していると思われます。奏者の体に接触しないソプラノ以外は、多くの奏者がサックスの二番管左側を体の右側に接触させて演奏します(アルトは体の中心で吹く奏者も多いですね)。主に座奏が定型のビッグバンドのテナー奏者が、一番この場所をいじめていると思います。演奏中、太ももの右側が常に二番管左側を擦っていますよね。演奏時にデニム・ジーンズばかりをはいているテナー奏者で、 自分のサックスの左側が真っ青になってしまっている人を見たことがあります。それだけここは「擦れる」んですね。ここの擦れによる「禿げ」を防ぐ方法は… なるべくスベスべのズボンをはくことぐらいでしょうか。かといって、このあたりにクリアラッカーを厚塗りしたりすると、サウンドが変わってしまうので止めたほうが良いと思います。サックスのラッカーの禿げの補修が得意なリペアさんもいらっしゃるので、気になる方は相談してみてください。
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