サックス 演奏

サックス偉人伝:ローランド・カーク

*日本のジャズ雑誌で「グロテスク・ジャズ」などと、とんでもない呼び方をされたこともあるジャズサックス奏者、ローランド・カークは1936年アメリカ、オハイオ州に生まれました。1975年に脳卒中の発作を起こし、右半身麻痺になりましたが、左手だけで演奏できるように楽器を改造して音楽活動を続け、1977年にインディアナ大学での演奏を終えた直後、二度目の脳卒中の発作を起こし42歳の若さで亡くなりました。彼は幼少期に、病院で点眼液を間違えられたことから両目の視力を失っています。小さな頃からトランペット、クラリネット、サックスなど、様々な楽器を手にしていた彼は、あるとき3本のサックスを同時に吹いている自分自身の夢を見たそうです。その夢に運命を感じた彼は、その後本当に3本のサックスを吹くための特訓に挑みました。そして、この3本サックスの同時演奏は彼のトレードマークとなりました。サングラスをかけた巨漢の黒人が、首から提げた3本のサックスを同時に吹く姿は、見た日だけで言ったら確かに異様で「グロテスク」だったのかもしれません。

 ローランド・カークは「マルチ楽器奏者」です。良くあるマルチリード奏者ではありません。一人で、サックス、フルート、トランペット、オーボエ、ピッコロ、ブルースハープ、イングリッシュホルン、などなど、多種多様な管楽器を卓越した技術で演奏します。そのうえ同時に数本のリード楽器を吹き、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを口ずさみ、同時に手回しサイレンやホイッスルを鳴らします。しかも、息継ぎの無音時間を無くす高度な演奏技法である「循環呼吸」をも実践し、音が絶えることなく響き続けます。こう紹介すると、フリージャズ系の無秩序なサウンドの洪水をイメージされる方が多いと思いますが、ローランド・カークのサウンドは違います。メロディアスで、ファンキーで、立体的なハーモニーを持っています。同時に吹く楽器のすべては、完全に彼の意思のもとにコントロールされ、リズミックに和音を構成する「ひとりオーケストラ」になっています。彼の音楽を一度でも聴いたなら、「グロテスク・ジャズ」などという呼称とは180度異なっていることに気づくはずです。
 彼のサウンドは、独特なユニゾンとハーモニーを持ってミステリアスに響き、ユーモラスでありながら、どこか悲しみを宿したブルージーな響きを聞かせることもあれば、かたや肉声に近いサウンドと、エモーショナルなリズムによって、R&Bやソウル・ミュージック的なポップワールドを実現することもあります。まさにローランド・カークの唯一無二のサウンドです。その場のインスピレーションで曲も楽器も替えてゆくには、使える楽器をすべて手元に置く必要があり、合奏のタイミングを完璧に合わせるには、複数の楽器を同時に自分で吹く必要もありました。複数楽器のアンサンブルに自由度を与えるには、息継ぎをせずに息を出し続ける必要がありました。盲目の天才、ローランド・カークにとって、彼のスタイルは必然的な選択だったのでしょう。
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