サックスは楽器の一種であると同時に、ひとつの工業製品でもあります。 1840年代にアドルフ・サックスが作り出した「サキソフォン」の構造は、現在のサックスでも基本的なところに変化はありません。しかし、その「作り方」は大きく変化しています。初期のサックスと現代のサックスでは、どう作り方が変わっているか。そんなことを考えてみれば、ヴィンテージサックスの音の秘密解明の糸口になるかもしれません。
サックスは基本的に金属製ですので、製造技術のほとんどは金属加工技術です。しかしサックスの金属加工技術の歴史を調べる前に、もう一歩踏み込んで、「金属材料」の今昔を考えてみましょう。何故ならば昔の金属と現代の金属が全く違うものだからです。その違いは1950年代に確立された国際工業規格(ISO)に起因します。世界の工業製品の品質の維持と均一化のため、工業製品に関する多くの標準規格が作成され、世界中のメーカーがそれに準拠してモノを製造するようになりました。サックスの材料、真鍮は、銅と亜鉛の合金ですが、現在は金属材料メーカーが規格に準じて生産しているので、均一の品質で希望の性能の 「真鍮」が安定的に入手出来ます。大げさに例えると、サックス初期の一枚の真鍮板は、部分によって合金配合率のムラがありました。セルマーMark Vlの時代の真鍮板は、多少ムラは改善しましたが、今日仕入れた材料と先月仕入れた材料では品質が一致しませんでした。現代はどんな時でも、均一で安定した同じ性能の真鍮板が入手できます。ヴィンテージサックスの豊かな響きは、この「合金のムラ」を含んだ金属材料に起因している、と言うヴィンテージ楽器ファンは少なくありません。
サックス製造に多く使われる加工技術には溶接とロウ付けがあります。前者は材料部材の接合部を高温で溶かして接合する方法、後者は材料より融点(溶ける温度)の低い金属で接合する方法です(はんだ付けはロウ付けの一種です)。溶接は板材から管体のパイプ形状を作るとき、またロウ付けはキーポストを管体に立てるときや、シャフトにキーパッドを付けるとき等に使用します。これらの技術は1900年代に飛躍的に向上しており、加工のスピード、強度、安定度は、サックス誕生時の技術とは比べものになりません。溶接の温度も違えば、ロウ付けの金属の成分も、また使用する機具も違います。技術の進歩はサックスを組み立てるスピードを10倍以上にし、その結果の精度も飛躍的に向上させました。しかし「速くてちゃんとしてる」だけがどうも楽器の製造の理想ではないようです。ヴィンテージサックスの細部を見ると、微妙な「いい加減さ」がありますが、近代楽器にはありません。これも音の違いの原因でしょうか?
材料のプレス、研磨、穴開け、塗装等の技術も進歩しています。多くのサックスメーカーが自社の製造工程をYouTubeや自社のサイトで紹介していますので、是非見てみてください。そして、「170年前にはどうやっていたのか」を想像してみてください。音の違いの理由がなんとなく分かるかもしれません。
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