管楽器奏者の間で良く出てくる言葉、「抜け」を科学的に考える手段の一つとして、新品をある程度の時間を使って、より良いものに慣らしていく「エージング」という考え方があります。前回はサックスの管体の素材の経年変化、および演奏を続けることで、振動による金属の特性変化を生む、材質のエージングについてお話ししました。
二回目の今回はもう一つの楽器のエージング要素、メカニズム、つまり機械的機構のエージングについてお話します。
サックスは右手の親指を除く9本の指、また手の腹、指の横と、色々な部分を使って楽器の機械構造を動かして演奏する楽器です。
この機構にはピン、シャフト、レバー、バネ等、色々な部品が複雑に関係し合って動いています。そこには部品同士の摩擦や摩耗、バネの反力、シャフトのねじれ等、操作を繰り返すことでサックス自身が変化していく要素が沢山あります。
「サックスが手に馴染む」ということは、自分がそのサックスの特徴に慣れるのと同時に、サックス側も奏者の操作に応じて変化して来ているのです。
使い込まれたヴィンテージサックスの多くは、非常に軽いキータッチになっていることが多いようです。
これは膨大な演奏回数による、サックスのメカニズムの「馴染み」が作られた証拠です。
ただし、奏者の癖が染みついている場合も少なくありません。特定のキー操作だけが異常に重い、なんて場合もあります。
多分皆さんのサックスにも、皆さんの癖が影響している事と思います。
リペアマンはヴィンテージサックスを調整する際、なるべくこの「癖」を無くす方向で調整しますが、微妙なニュアンスのところはサックス固有の特徴が残ります。
これもある意味で、「ヴィンテージサックスの面白さ」かもしれません。
サックスのキーの「馴染み」はサックスが使い易くなるという意味で、嬉しいメカニズムのエージングですが、逆に「消耗」というマイナスの要因と紙一重でもあります。「へたる」とか「ガタが出る」のもエージングの結果です。
サックスの「正しい構え」や「正しい指の力の入れ方」等を先生方が厳しく指導するのは、素早いサックスの操作を可能にすることに加え、サックスの「消耗」を最小限にする、という意味合いもあります。 特殊な機械でもない限り、サックスのキー操作のエージングを自動でおこなうことはできません。
そのサックスの持ち主であるあなたが、「より良い馴染ませ方」を作っていくのです。
「サックスから音を出さずに、すべてのキーを使うスケールを何度も繰り返す」。
そんな練習も多くのプロ奏者は取り入れています。現在のサックスのほとんどは製造技術の進歩により、新品の時点から滑らかな操作が可能になっていますが、やはり長く使えば使うほど、それなりの楽器に育っていきます。
あなたのサックスを、正しい練習で、良い楽器に育てていってください。——————————————————————————————–
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